シリコンバレーの大学生日記

シリコンバレーのコミカレに2016年秋に入学し、2年後カリフォルニア大学への編入を目指す留学日記です。Twitter @Japan__America

Remember why I started アメリカに来て一年が経ちました

 

 

去年の7/23の今頃は羽田空港からサンフランシスコ空港について、ホストファミリーの家でぐっすり旅の疲れを癒していたところですかね。

 

 

こんばんは、11:59までのエッセイをギリギリで終わらせてもう死にそうなAllyです。

 

 

今日、7/23でアメリカに来て一年が経ちました。

 

 

短かったようで本当長かったです。このブログではほんと弱音ばっかり吐いてて情けないんですけど、1年間楽しいこともたくさんありましたが、基本は辛かったです。

 

 

来たばかりの7月。何もかもが新しくて新鮮だった。カリフォルニア自体初めてだったし、親元を完全に離れるのも初めてだった。でもそんな中でも、ホストファミリー問題や銀行問題でずっとストレスを抱えていて、ママと電話してたときにどうすればいいかわかんないって泣いちゃったこともあったっけな。そんなことで泣けるなんてわけーなー。(たった1年前)リクルートから始めてライターのお仕事をもらって、ゲットした2万5千円を両親に送ったのも懐かしいな。

 

 

そして徐々に街に慣れ始めた8月。日本食が死ぬほど恋しくなったけどUberの存在をまだ知らなかったから、ホストマザーのくっそまずご飯を仕方なく貪って、体重が4キロほど減った。そして、学校が始まるまでの何もしていない間、自分って何してんだろうってすっごい悩んだ。専攻をビジネスから哲学に変えたのもこの8月だったなあ。

 

 

やっと学校が始まった9月。学校初日から一週間はひたすら遅れないようにって2時間も早く学校に行ってたな〜笑

 

 

10月。早速授業でつまづく。秋学期にとった授業が、哲学 / 世界史 / 文化人類学 / 人文 で、一学期目からめっちゃハードな学校生活だった。どうしたら勉強したらいいのかもわからず、友達もおらず、一学期目からもうバークレーなんて無理だーって毎日なやんで結構自分にストイックだったな。効率は悪かったけど笑 ほどほどに友達と思いっきり遊んだりしたけど、遊んでちゃダメだって遊ぶことすら自分を戒めて。文化人類学のプロフェッサーに悩みを打ち明け始めたら全部止まんなくなって超泣きながら全部ぶちまけたな。そのときに、人って他人に頑張りを認めてもらわないと壊れちゃうなーってすっごい思った。「あなたは頑張ってる。そのままでいいんだよ。」って。そして念願の引っ越し、初アパート生活、初ルームシェア。嬉しかったけどルームメイト探しと契約本当大変だったな。懐かしい。

 

 

11月。このときがマックス病んでたかも。2回目、3回目のミッドタームが終わって哲学の授業が全然うまく点数とれなくて。サンボマスターの「できっこないをやらなくちゃ」を聞きながらもうダメだ無理だって、アパートのスタディルームで友達とオール勉強したり毎日遅くまで勉強してたり。自分の19歳の誕生日もスタディルームですごしたなー。日本にいたら誕生日おめでとうラインとかを12時ぴったりに誰かから送ってもらえるのをちょっと期待もしてたけど、アメリカで時差があるし、超仲良い!みたいな人もいなかったから誕生日はもう正直どうでもよかった。誰かから祝ってもらえることなんか微塵も考えてなかった。でも友達がサプライズで家に来てくれて、嬉しかったなー私のことアメリカでも考えてくれる人なんているんだって。すっごい孤独だった。

 

 

12月。初めてのファイナル。これも超辛かった。UCバークレー固執しすぎてて、これがダメだったら終わりだって毎日考えてた。 

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 でもこの学期が終わった時の達成感は筆舌にも尽くしがたいものがあった。100%の力を出し切ったからこそ見えたものがあった。

 

でも今でも、てか今日も思ったけど。いや、結構アホかもしれないんだけど。なんで私アメリカにいるんだろう、ってよく思う。ていうか、日本語だったら自分の言いたいこと、自分の知識、全てフルでできるのに、なんで全部英語なの。って。隣に座ってる人だって、私も母国語でやったら勝てるのにって毎日思ってる。日本語で授業受けて、日本語で議論して日本語でレポート書いて・・・って。

 

私は基本的に書くことや、自分の考えをまとめることが好きだから、英語でのもどかしさはアメリカにいる限りは消えない。今日もエッセイ書いたけど、自分のライティングのできなさに未だに落胆する。すっごく悔しい。自分の言いたいことが日本語では簡潔にかけるのに英語ではできない。言語の壁ってだけで私の思考が否定されるのが悔しくてたまらない。本当に悔しい。アメリカを選んだのは自分なのに日本に帰って大学生したいって何百回思ったことか。

 

 

1月。2学期目が始まった。1学期みたいに、効率が悪くならないよう、情報を集めて戦略に重きをおいた。そのおかげもあってか楽しんでいい成績を納めていくことができたし、心に余裕ができた。

 

 

2月。そんななかで一人のアメリカ人に会った。とにかく初対面から喋りまくるような人で相当なおしゃべりな私にも勝るおしゃべりだった。日本の大学も行ってたり、日本語も話せたりしたからお互い意気投合してそのまんま何回か遊びに行った。バレンタインにディナーに誘われて行った時はそのあと車の中で4時間とか5時間とか話してた気がする。彼といる時は学校とかのストレスが和らいで不思議とリラックスできた。

 

 

3月。その彼と付き合うことになった。私はアジア人がその前までは好きだったし、白人はみんな日本人女は軽いって思ってそうでなんとなく好きじゃなかったからなかなか予想外のことだった。それに私もそう見られたくなかったしね。でも親友とか家族とかに感じるような居心地の良さを出会ってすぐに感じられるような不思議な人だなって思った。何もかもが似ていて、すぐに打ち解けたし、とにかくとにかくとにかく優しくて性格がよくて。冬学期の終わりも近づいてきて、わたしのストレスもどんどん増してきてる時も自分のことのようにいろいろ手伝ってくれて。どんなときも相手のことが考えられる素敵な人だなーって付き合い始めたばかりの頃ひたすら思ってた。

 

 

そして4月。ようやく春休みになって、落ち着いたところで彼が私をサプライズディナーに招待してくれた。パズルとパズルがぴったりハマるような居心地の良さをお互い感じていて、ちょっと時期的に早かったけどディナーのあと彼の実家に遊びに行った。まあ、実家がオーシャンビューの素敵なところだし楽しいから行ったってのが一番だったけどね。でもその時からお互いの気持ちを再確認してこの関係が真剣味をました。学校は秋にとった哲学のB以外は全部Aで、とってもとっても安心したのを覚えてる。春学期は難しいって言われてた論理学と人間心理学っていう哲学の実存主義みたいな授業をとった。まだ不安だった。

 

 

5月。彼も哲学が好きでいろいろ議論するのが楽しみの1つでもあるんだけどこのぐらいの時からただの深い話じゃなくてアカデミックな深い話とかもし始めた気がする。環境とかバックグラウンドとかが似てたから結構同じような立場で、ぶつかり合いになることはなかったかな。お互いくだらない、脳みそ壊れるようなバカな番組が好きで、アメリカの深夜番組をジャンクとか食べながらよく見たな〜このくらいから学校でどうやっていけば効率がいいかがだんだん掴めてきて、自分を追い詰めることも少なくなってきた。自分を認めてくれる絶対的な存在ができたからっていうのも大きいかな。

 

 

6月。日本と日本の友達がすごく恋しくなってきた頃。とにかく日本にいる友達が羨ましくて、日本に固執してた。ルームメイトで一番仲がよかった子が急に本帰国を決めたのも6月でしたね。その子含めた留学生友達がアパートから立ち退き命令くらって、裁判所に呼び出し命令されたりもする中、ファイナルもあったりでバッタバタだったのをおぼえてる。彼氏も親身になっていろいろと助けてくれたなあ。

 

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そして7月。7月の頭にルームメイトが本帰国してから、LA行って、そのまんまバークレーの授業やDe Anzaの初めてのオンラインクラスが始まったりでこれまたバッタバタだったなあ。そのあと引っ越ししたりでやっと最近落ち着いてきた。本当毎日もうやめたい帰りたいって思ってるし、なんなら日本が恋しくてしょうがない。人に会いたい。何回会いたい人が夢に出てきたことか。そして最近成人式に一時帰国することを決めた!本当に楽しみで仕方がない。そのためにいろいろと頑張ろうと思う。11月は出願だし。

 

 

 

そんな感じで各月何かしら予想外なことが起こってた1年でした。

 

 

とにかく成長はしたと思う。お金の管理や、一人で見知らぬ地で生きていくことや、自己責任ということはどういうことかなどを学んだ。

 

 

あとは、これは本当に学んだ中で一番重要なことなんだけど、日本にいたら一生理解できずにいたなって。それは日本での異常がアメリカの正常で、日本の正常がアメリカの異常ってことをバイアスなしで受け止めるってこと。

 

日本でありえない!ダメ!っていわれてることは政治や経済が深く絡まり合って、単なる倫理的理由なんかで説明できない。とにかく歴史が全てにふかーく絡まってる。倫理的にダメだからダメ、なんて相対的にもほどがあるし、倫理観は国によって、宗教によって全て違うからそれを理由に「だからアメリカはおかしい!」なんていうのも視野が狭すぎる。そして逆も然りで、アメリカでありえない!異常って思われてることは日本では普通で、アメリカが自分たちを基準に私たちを批判することは実に馬鹿らしい。

 

 

この目の前で起こっていることをバイアスなしで素直に受け入れるってことを実際にしっかり学んだ。日本にいた時は井の中の蛙で、自分がガチガチの先入観でできてるなんてことすら気づかなかった。日本にいたまんまじゃ、こっちの「本当の暮らし」を経験しないまんまじゃあ、頭の固い人間だったなって思う。それを考えるのが恐ろしくてたまらない。

 

こっちにいたとしても、ちゃんと自分で暮らして、アメリカ人と表面上だけじゃない関係を築かないかぎりこのことには築けない。

 

世の中には本当にいろんな人がいるっていうワードは口にするのは簡単だけど、実際それを受け止めるのは本当に難しい。

 

 

日本は恋しいし、日本の思想哲学が好きだし、とにかく日本大好きだけど、外に出てしまったら日本にはいられないって気づいた。それは外がいいからとかではなく、おそらく私は日本では受け入れられないから。

 

私が外はこうで実は日本が異常だと思ってたことはいろんな政治経済的要因からきているもので別に異常なことではないんだよ!とかいったところで私が異常だと思われて終わるだけ。

 

 

昔までは日本を変えたいとか思ってたけど、日本が変わるのを外から後押しするのが、日本をずっと好きでいられるいい方法かなって思った。

 

笑い話なんていくらでもできるけど、私の本当の主張は通らない気がするからおそらく私は日本ではずっと暮らせない。

 

 

 

まだ1年しか経ってないけど、本当にいろんなことを学んだ。私ももっといろいろ経験した人にとってみればまだまだ井の中の蛙なんだろうけど、とにかく、今の目標は相手のことを理解することと、全てをフラットに考えること。

 

 

私の決断は何も間違っていなかったし、こっちの道を選んでいなかったら私はどうなっていたんだろうと思うと本当に恐ろしい。

 

まあ、そろそろこんなところで1年記念の記録は終わろうと思います!

 

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では!